「えぇーっと、 さんですね。でわ改めまして、ようこそ、忍術学園へ〜」



入門票を握りしめ、先程とは打って変わってにこやかな笑顔を浮かべる事務員に、何とも言えない苦笑いを返して。
両脇で拗ねている少年達の機嫌を直してもらって、それから各々に手を差し伸べて。
一度深く息を吐き出して。よし、と気合いを入れて。


いざ向かうは、ここ、忍術学園の長。
大川平次渦正学園長の元。






Chapter 06






「お前ら、随分遅かったな」
「「土井先生!」」



学園長の離れまであと少しと言うところで達を待っていたのは、黒い忍装束を着た若い男性だった。
彼は3人の姿を見ると、微かに表情を緩めてこちらへと近づいて来る。



「土井先生、迎えに来てくれたんですかぁ?」
「なかなか来ないから、何かあったのかと思ってな」
「途中で小松田さんに会っちゃったんすよ」
「あぁ、それで……」



納得したように頷いた半助は、口先を尖らせるきり丸に苦笑する。
そしてふと、きり丸としんべヱの間に居るに視線を向けた。



さんですね?」
「は、はい!どうもはじめまして!」
「はじめまして。私はこの子達の担任の土井 半助と申します」



ニコリと友好的な笑みの半助に、にも笑顔が浮かぶ。
半助は両脇のきり丸としんべヱに視線を落とすと、二人に向かって言った。



「きり丸、しんべヱ。ここから先は私がお連れするから、お前達はもう戻りなさい」
「えぇー!!」
「なんでっすかー!!」
「今日の食堂当番、お前達だろう」
「「あっ!!」」



今思い出したと言うように、互いの顔を見合わせたきり丸としんべヱ。
暫くどうしようか悩んでいたようだが、『早く行かないと、おばちゃんに怒られるぞ?』という半助の一言に、まさに渋々といった様子での手を離した。
急に熱を失った両手に自身も少し寂しく思いながら、落ち込む二人に優しく語りかける。



「きり丸君、しんべヱ君。ここまで連れて来てくれてありがとう」



微笑みながらよしよしと頭を撫でてやると、二人は嬉しそうに顔をあげて笑った。
そんな教え子達の姿を半助はほぉと興味深げに見つめた後、『どうぞ』とに向かって手を差し出す。
が自分の手を取ったことを確認すると、半助は体制を変えて彼女を支えるように反対の手を肩に添えた。



「さぁ、行きましょう」
「はい」
「土井先生。さんに変なことしないで下さいよ?」
「阿呆!さっさと行け!!」
「「うひゃーぁ!!」」



半助に怒鳴られた二人は一目散に駈け出して、廊下をバダバダと走って行く。
途中振り返ったしんべヱは『さん、またね〜』と手を振ると、先を行くきり丸を追いかけた。
2人の後姿をクスクス笑いながら見送っているに、半助は苦笑いを浮かべる。



「まったく余計なことばっかり言って……すいません、さん」
「いえ。可愛くて良い子達ですね」
「そう言っていただけると助かります」



『こちらです』と半助に手を引かれて、学園長室の扉の前に立つ。
この向こうにいるんだと思うと、何だか変な緊張感が生まれてきた。
少し表情の強張ったに気付いたのか、半助は微かに首を傾げて彼女の顔を覗き込む。



「大丈夫ですか?」
「ちょっと、緊張します」



苦笑するに、半助は優しい笑みを浮かべて『そんなに固くならないで』と告げる。
半助の笑顔に少し緊張が和らいだは、一度小さく深呼吸をすると、彼に向ってコクリと頷いた。
それを合図に、半助が声をかける。



「学園長先生。さんをお連れしました」
「うむ。入りなさい」



返ってきた返事に、半助が扉に手をかける。
襖が開いた瞬間、中にいた三人の視線がに集中した。
注目を浴びたは震えそうになる体に叱咤しながら、自分のまっすぐ目の前に座る人物に視線を向けた。
白髪の少し派手な衣装に身を包んだこの老人が、きっと学園長先生なのだろう。
彼の左隣には半助と同じような格好の男性。
はその人を見て一瞬固まったが、すぐに小さく頭を振って、視線を反対側に写した。



(あの人、利吉さんだ)



見覚えのあるその青年は、先程盗賊から自分を救ってくれた彼。
命の恩人を目の前にし、すぐにでもお礼を言いたい衝動にかられたが、今はそれをすべき状況ではなさそうだ。
あとでちゃんと時間がある時に……とは半助に導かれるまま部屋の中へと入り、学園長の目の前に置かれた座布団の上に腰を下ろした。
手を貸してくれた半助に礼を述べると、彼はにこやかに微笑みながら彼女の傍を離れて、左側にいる男性の隣に座る。
半助が着席したのを確認してから、は目の前の相手に向って、深々とお辞儀をした。



「初めまして。 と申します」
「うむ。わしがここ忍術学園学園長、大川 平次渦正じゃ。そしてこちらが教員の山田 伝蔵と土井 半助。そして山田先生の息子さんの利吉君じゃ」



学園長の紹介に、伝蔵と利吉が会釈をする。
学園長は目の前のをしばし観察するように見つめていたが、ふと、吐息と共に感心するような声を漏らした。



「しかし、驚いたのぉ……」



ボソリと呟いた学園長は、同意を求めるような視線を隣の伝蔵に向ける。
伝蔵も学園長の言葉に頷きながら、『えぇ、まったく』と小さく苦笑した。
その横で半助も、二人と同じように笑っている。
彼らのやりとりには首を傾げながら、何がですか?という視線を学園長に送った。



「いやぁのぉ、きり丸としんべヱの話によると、『さん』と言う女性は木の上のしんべヱを抱え降ろし、盗賊に出会った時は彼らを守るために自分の身を呈して戦ったと聞いていたのでな。
いったいどのような女性なのかと思っておったのじゃが……こんな可愛いらしい娘さんだったとはなぁ……」
「そ、そんな……」



お世辞だと思いつつも、の頬は否応なしに赤くなる。
どう反応していいのか戸惑うに学園長は声を出して笑った後、急に真顔になって言った。



「改めて礼を言わせてくれ。我が学園の生徒を守ってくれたこと、感謝する」



一礼した学園長に従って、伝蔵と半助もに向かって頭を下げる。
酷く畏まった彼らの態度に驚いたは、慌てて口を開いた。



「や、やめて下さい。私は全然、たいしたことはしてません」
「そんなことはありませんぞ。貴女がいなかったら、彼らは命を落としていたかもしれないのですから」



謙遜するに伝蔵がそう言うと、隣の半助も深く頷いた。
何だか妙に照れ臭くなってしまったは思わず苦笑を零す。



「それでのぉ、君」
「あ、はい」
「きり丸としんべヱに聞いたのだが、そなたはなんでも帰るところがないとか……」
「あ……」



学園長の言葉に一変して表情を曇らせたは、俯き気味に頷いた。
多分きり丸としんべヱに聞いたのだろうと思いながら、そうなると自分はどこまで話そうかと思案する。
今目の前に居るのは忍者の卵ではなく、本物の忍者だ。
下手に嘘を吐いても、すぐ見破られてしまうだろう。



(ここは正直に全部話すのが一番だよね)



信じてもらえるか否かは、この際二の次だ。
顔をあげたは目の前の学園長をまっすぐ見つめ、それから意を決して口を開いた。



「あの、実は私……」
君は、剣術が得意だそうじゃな?」
「えっ……」



突然の質問に、は僅かに身を乗り出したまま固まった。
目を点にさせているに、学園長は落ち着いた口調で『違うのかの?』と尋ねる。
は暫し視線を彷徨わせた後、とりあえず体制を元に戻しながら頷いた。



「は、はい。幼少時代から父に鍛えられましたから、それなりの実力はあると思っています」
「おぉ、そうかそうか」



何故か満足そうな学園長に、はますますわけがわからなくなった。
救いを求めるように伝蔵や半助に視線を送るが、二人も学園長の意図がわかっていないようで、揃って微妙な顔をしている。
暫く妙な沈黙が部屋の中を包み、それからたっぷりの間を置いた学園長が口を開いた。



「よし!採用じゃ!!」
「「「は?」」」
君が忍術学園の剣術師範として働くのを許可する!!」
「え?」
「「ええぇーっ!?」」



予想外の一言にはポカンと口を開けて固まり、伝蔵と半助は驚きの声を上げた。



「ちょっちょっと待って下さい学園長!」
「なんじゃ。二人は君が学園にいるのは不満か?」
「そうじゃありません!私達が言いたいのは、どうして剣術師範なのかということです!!」



半助の言葉に伝蔵が大きく頷く。
妙に慌てている様子の二人に、学園長は『何だ、そう言うことか』と言いたげな表情を見せた。



「今、我が学園の剣術の授業はすべて戸部先生が指導しておる為、ひとクラスに割ける剣術の授業が極端に少ない。
週に一回一時間あれば良い方で、悪い時には何ヵ月も行われないこともある。それ故、生徒達の剣術はあまり上達しておらんようだ」
「そ、それは我々も気にしていたところではありますが……」
「そうじゃろう?そこでもう一人、剣を教えられる人間がいれば生徒達の腕を上げることが出来るし、何より戸部先生の負担も軽くなる」



『勿論、指導していただくのはその怪我が完治してからじゃがな』と、学園長は呆気にとられている伝蔵と半助から、再び視線をへと向ける。



「どうじゃ君。そなたさえよかったら、暫くここに居て下さらんか?」



それまでの会話をどこか他人事のように聞いていたは、学園長の声にハッと我に返った。
慌てて言葉を発しようとするが、動揺している所為で上手く声が出せない。
酷く急な展開。
けれどにとってみたら、願ってもない話だ。
世は戦国時代。しかもには全く未知の世界。
いつ元の世界に戻れるかもわからないし、第一戻れる保証すらもない。
そんな中、この先一人生きていくだけの自信も度胸も、にはなかった。

しかし学園長は、ここに自分を置いてくれると言う。
しかも、得意とする剣の師範としてだ。
自分が道場の娘に生まれたのは、もしかしてこの為だったのではないかと頭の隅で思った。



「とても、ありがたいお話です。でも……」
「でも?」
「……私で、良いんでしょうか?」
「大丈夫ですよ」



の質問に答えたのは、学園長の隣にいた利吉だった。
利吉は口元に緩いカーブを描き、を見つめる。



「私が保証します。あなたの剣の腕前は、本当に素晴らしかった」



はっきりとした口調でそう言う利吉に、は思わず目頭が熱くなる。
今まで剣の腕を褒められたことは多々あったけれど、こんなに心に染みたのは初めてだった。



「利吉君もこう言ってくれている。どうじゃ?」
「……はい。ありがとうございます…、…よろしく、お願いします……っ」



学園長に頭を下げた瞬間、の瞳から涙が零れた。
彼女の頬を伝うそれに、男達は驚いたように目を見張る。



さん?」
「ご、ごめんなさい……何か、ホッとしたら涙が出てきちゃって……」



安堵して気が緩んだのか、ついつい涙腺が崩壊してしまった。
は慌てて両手で涙を拭い、気恥かしさから照れ笑いをする。
仄かに頬を赤くし『すいません』と恐縮するに、学園長は安心したような表情を見せた。
伝蔵、半助、利吉の三人も、優しい笑みを浮かべている。



「ではまず、その怪我を治すことからじゃな。暫くは新野先生のところでしっかり養生なさい」
「はい」
「すまなかったな。いきなり呼び出してしまって」
「いえ、とんでもない。お会いできて嬉しかったです」



の言葉に学園長が嬉しそうに笑った後、『学園長先生、失礼します』と扉の向こうから声がした。
すっと襖が開き、そこにいたのは伝蔵や半助のように忍装束を着ている、美しい一人の女性。
ここに来て初めて見る同性に、の眼は釘づけになった。



「おぉ、山本先生」
「学園長のお申し付け通り、くの一の長屋にさんのお部屋をご用意致しました」
「そうか。御苦労じゃった」



学園長に小さく会釈をした女性は、続いてに顔を向けニコリと微笑む。



「初めまして。くの一教室の担任、山本 シナです」
「あ、は、初めまして。 と申します。よろしくお願いします(くの一ってことは女の忍者だよね。凄い、本当にいるんだ……)」



何だか感動してしまったは、羨望の眼差しをシナに向ける。
そんなを気にするでもなく、シナは人の良い笑みを向けながら彼女に近付いた。



「お部屋を御用意させていただきました。御案内致します」
「あ、す、すいません。ありがとうございます」



すっと差し出されたシナの手を遠慮がちに取ったは、彼女に支えてもらいながら立ち上がる。
半助の時よりも緊張してる自分が恥ずかしいやら情けないやらで、思わず苦笑いをした。



「では参りましょう。大丈夫ですか?」
「はい、何とか。お願いします」



の言葉に頷いたシナはゆっくりと彼女を誘導する。
学園長室を出る直前にもう一度全員に頭を下げ、はくの一長屋に向けて歩き出した。

ピシャリと襖が閉められ二人の気配が完全に離れたところで、半助がふぅっと息を吐き出した。
伝蔵は腕組をしながら、チラリと半助を見る。



「意外だったな」
「えぇ、想像とまったく違いました」
「あぁ。しかし、確かに悪い人間にも見えなかった」
「はい」



自分の中で作り上げていたと、実際目の前にしたの違いに少々困惑気味の伝蔵と半助。
その見た目以外、は本当に普通の娘だった。



「とりあえず、警戒する必要はないということか」
「そうですね。一応、様子見ということで」
「うむ」



頷き合っている彼らに、利吉は安心したように表情を緩める。

もしもこれでがどこかの間者で全て演技だったとするなら、彼女は相当なやり手だ。
そう思うと身震いがするが、正直な話、伝蔵と半助はに疑いの目を向けることには抵抗があった。
まだ会って数分しか経っていないのに、のことを信じたいと思っている自分がいる。
そう思わせる何かが、彼女にはあるのかもしれない。



「しかし学園長。どうしてさんの素姓を聞かなかったんですか?」
「そうですよ。せっかく彼女は話そうとしていたのに」
「そんなことはどうでもいいんじゃ」



伝蔵と半助に顔を向けた学園長は、ふっと口元を緩める。



君が何者であってもかまわん。わしは、彼女に期待してるんじゃよ」



『期待?』と眉を顰める利吉に、深く頷いて。
その顔に笑みを浮かべた学園長は、ゆっくり天を仰ぐように顔をあげた。



「我が忍術学園に、新たな風を巻き起こしてくれるんじゃないかとなぁ」



***



「ここがさんのお部屋です」
「ありがとうございます。わぁ……」



が通されたのは、くの一長屋の一番手前の部屋だった。
この辺りの部屋は主に、学園の女教師や従業員達が使用しているらしい。



「この隣は私の部屋になってますので、何かあったら遠慮なく言って下さいね」
「はい」



ニコリと微笑むシナにも笑顔を返しながら、グルリと部屋の中を見た。
室内に置かれた家具はどれも簡素でありつつも深い味わいを持っていて、実家のものとよく似たそれをは一目で気に入った。
そしてふと、机の上に置かれた見覚えのあるものに、『あっ!』と短く声を上げる。
それに口元を緩めたシナは、の心の中を見透かしたように答えた。



「学園長の言いつけで、さんの荷物は一足先に運ばせて頂きました。おめしになっていた物の方は少々汚れていたので、ただいま洗濯中です」
「わぁ……わざわざすいません」



私物の鞄とその隣に立っているキャリーバックを見つけ、の表情が一気に明るくなった。
あの中には大事なものがいっぱい入っている。
保健室で見当たらなかった時は、あの場所に置いてきてしまったのかと不安になったが、こうして無事手元に戻ってきたことにほっと安堵した。
の嬉しそうな顔にシナは微笑みを浮かべると、部屋の中に入るように勧める。
流石に女性が過ごす用の部屋だけに造りがお洒落だ。
内心どんな部屋に通されるのだろうと冷や冷やしていたから、この待遇はかなりありがたい。
学園長とシナに感謝の気持ちでいっぱいになっていると、不意に視線を感じて扉に目をやった。
そこには桃色の忍装束を着た少女が三人いて、コソコソとこちらの様子を窺っている。
は一時目をパチクリさせたが、すぐに笑顔を浮かべて彼女達に声をかけた。



「こんにちは」
「「「っ!」」」



いきなり話しかけられたことに驚いたのか、少女達は目を大きく見開いてを凝視した。
それから互いに顔を見合わせ、揃って頬を染めながら『こんにちは』と少々緊張した声音で返事を返してくる。
シナは彼女達を振り返ると、形の良い眉を少々引き上げながら腰に手を当てた。



「こら、あなた達。さんに失礼でしょう。教室に戻りなさい」



シナに窘められた彼女達はすぐさま『やばいっ!』と表情を変えて、ペコリと頭を下げると大急ぎで其々の方向に散らばって行った。
彼女達の姿が見えなくなると、シナはに向かって申し訳なさそうに苦笑する。



「ごめんなさいね。皆、あなたのことが気になるみたいで……」
「いえ、しょうがないです。というか、当然だと思いますし」



手を横に振りながら気にしてないと笑うだが、ふと芽生えた疑問におずおずと口を開いた。



「あの、山本先生?」
「はい?」
「私って……凄く怪しいですよね?」



の言葉に、シナは目を丸くする。



「私は見た目も服装も……持ち物だって、ここの人達とは全然違います。何者なのか、まったく得体のしれない人間です。
それなのに、どうして学園長先生は何も聞かず、私をここにいることを承諾して下さったのでしょうか」



は不安げな上目使いでシナを見つめ、ポツリポツリと声を発する。
そんなをシナは暫しじっと見つめていたが、ふと表情を緩めて微笑んだ。



「本当に怪しい人間は、自ら『凄く怪しい』なんて言わないですよ」



もっともなシナの意見に、は思わず言葉を詰まらせた。
『おっしゃる通りです』と顔を真っ赤にして俯くに、シナは楽しそうに笑っている。
そっとの肩の上に手を置いたシナは、彼女の顔を覗き込みながら優しい口調で語りかけた。



「大丈夫、私達は忍者です。相手が敵か否か見定める目は、十分すぎるほど養っております。
学園長先生があなたを学園に置くことを決めたのは、あなた自身が信用できる相手だとわかったからでしょう」
「…………先生」
「それに、万が一あなたが間者だとしても、こんなに多くの忍者に囲まれてしまった場所では、迂闊に身動きとれないでしょうしね」



『我々忍者を甘く見てると、痛い目あいますよ』と冗談めかして言うシナに、の顔も漸く笑みが浮かぶ。
彼女の体から無駄な力が抜けたのを確認すると、シナは満足そうに頷いた。



「でわ、私はこれから次の授業がありますのでこれで失礼致しますが、さんはどうなさいますか?」
「あ、私は医務室の方に戻ります。新野先生にそう言われているので」
「お1人で大丈夫ですか?なんだったら、誰かに付き添わせますけど」
「いえ。ここからそんなに遠くないし、大丈夫です」



確かに痛みはするが、新野の言った通りちょっと捻っただけで、一人で歩けないほどの大怪我でもない。
これ以上誰かの手を煩わせるのも悪いと思ったは、シナの申し出をやんわりと断った。
シナは少し心配そうな表情をしていたが、ニコニコと微笑んでいるを見、ふっと口端をあげる。



「そうですか。では、あまりご無理なさらないように」
「はい。本当に、何から何までありがとうございました」



ペコリと頭を下げたにシナは軽く微笑むと、部屋を去って行った。
は医務室に向かう前にと机の傍へ近付き、鞄を開ける。
そして内ポケットから小さな鍵を取り出すと、それでキャリーバックを開いた。

財布、携帯電話、ボールペン、手帳、パスポート、化粧ポーチ、眼鏡。
5日分の着替え一式、水着、製缶スプレー、日焼け止めオイル。

目に映るそれらのものに、は思わず苦笑した。



(やっぱり、ここで役立つ物はないみたいね)



当然と言えば当然だ。
何せ自分はあくまでサイパンに行くつもりでいて、そのための準備をしてきたのだから。



「せっかく、新しい水着買ったのになぁ……」



『着られなくって残念』とため息を吐きながら、天井を見上げる。
暫しそのままぼんやりとして、それからフフッと小さく噴き出した。

サイパンのつもりが、やってきたのは室町時代。
焦る気持ちもあるし、自分はこれからどうなるんだろうという不安もある。
けれど。



「しんべヱ君、乱太郎君、きり丸君。善法寺君、利吉さん、小松田さん。学園長先生、山田先生、土井先生、山本先生……」



今まで会った相手を指折り数えながら、は小さく笑う。
何だかこの状況を楽しんでしまっている自分自身に呆れながらも、今度はどんな人に会えるかなと密かに期待した。



                                                                                                                                                                                                 07...