戦国時代。
室町時代の末期、または安土桃山時代を示す。
15代将軍の足利義昭が織田信長に敗北し、幕府の権力は急低下。
それにより、全国各地に戦国大名と呼ばれる勢力が多数出現し、互いに争いを繰り返しながら、自らの支配地を増やしていった。
有名な戦国武将は他に、武田信玄、上杉謙信など。
以上が学生の頃、日本史のテスト前に必死になって覚えた戦国時代についての知識だ。



そして今、自分はどうやら。
リアルタイムで、その時代にいるらしい。






Chapter 03






「落ち着きましたか?」
「うん、もう大丈夫。どうもありがとう」



道の端の丁度いい石の上に腰掛けたは、心配そうに見つめてくる乱太郎に礼を言いながら、彼に渡された水の入った竹筒を返す。
竹筒を受け取った乱太郎がそれを懐に戻す横で、同様にを囲むように傍で座っていたきり丸としんべヱも、ふっと安堵の表情を浮かべた。



「さっきは、いきなり大声出しちゃってごめんね。ちょっと自分の想像以上のことが起こって、混乱しちゃって……」



先程の自分を思い出しながら、ペコリと頭を下げる。
三人はパニックになったに相当困惑していたようだったが、とにかく彼女を落ち着かせようと、あれやこれや世話を焼いてくれた。
まさか十才以上年下の子供にこうして宥められるなんて、全く思いもしなかった。
恥ずかしいやら、情けないやら、零れるのはため息と苦笑だ。



「いやいや、そんなの全然大丈夫っすよ。それよりも」



きり丸は顔の前で手を振った後、これからが本題と言うように大きくへ詰め寄った。
間近に迫ったその瞳に浮かぶ『好奇心』に、グッと微かに身を引いてしまう。



さんって、何者なんすか?」



少しも言葉を濁すことなく、いっそ清々しいまでにはっきり突きつけられた問いかけ。
それに眉を顰めた乱太郎が『そんな聞き方失礼だぞ』ときり丸を咎めたが、『でも乱太郎だって気になるだろ?』と切り返され、うっと言葉を詰まらせた。
そんな二人のやりとりには苦笑しながら、さて、どうしたものかと考える。
ここは全部正直に話した方がいいのだろうか。
でも、本当のことを言ったとして、彼らが信じてくれるとは限らない。
と言うか自身まだちゃんと受け入れられていないのに、それを信じろと言う方が無理な話だ。



(この時代からずっと先の未来から来たなんて言ったら、確実に頭おかしい人だよね……)



話を終えた瞬間、気味悪がって逃げられたりする可能性だって少なくない。
何か適当に話を作って誤魔化そうかと悩んでいると、不意にしんべヱがに助け船を出すかのように口を開いた。



さんはね、トーキョーっていうすっごい遠いところから来たんだって」
「「トーキョー?」」
「うん。ね、さん」
「あ、う、うん。そう、そうなの」



少し前にが話したことを乱太郎ときり丸に伝えるしんべヱに、コクコクと頷いて同意する。
ここで自分があれこれ語ったところで、きっと彼らには意味がわからないだろう。
それよりも、の存在について自分なりの解釈を持っているしんべヱに任せてしまった方が、都合よく話が進むのではと判断した。



「トーキョーはこことは全然違ってて、さんみたいな格好の人がいっぱいいるんだって」
「へーそうなんだぁ」
「なんか、すっげぇところだなぁ、トーキョーって」



案の定、乱太郎ときり丸はしんべヱの話を興味深げに聞いている。
自分の選択が間違っていなかったことに、は内心胸を撫で下ろした。
しかし、安堵したのも束の間。
再びこちらを向いたきり丸の『それじゃぁ、さんはどうしてここに来たんすか?』と言う質問に、『それは……』とワントーン落とした声音で呟いた。



「……わからないの」
「「「え?」」」
「自分がどうしてここにいるのか、どうやって来たのか。全然わからなくて……。情けない話、帰り方もわからないの」
「「「………………」」」



今までとは違う悲しみを含んだ微笑みのに、三人も思わず言葉を失った。
乱太郎ときり丸は表情を曇らせ、しんべヱにいたっては今にも泣き出してしまいそうだ。
まるで自分のことのように落ち込む彼らに、は小さく笑って、よしよしと其々の頭を撫でた。



「大丈夫。私なら平気だから、そんな顔しないで?」
「でも……さん、帰れないんでしょ?」
「それに、行くところも……」
「うんまぁ、そうなんだけどね……」
さん、かわいそう……うわぁーん!!」
「あぁっ!泣かないでしんべヱ君!!」



ついに泣き出してしまったしんべヱにつられるように、乱太郎ときり丸の瞳にも涙が浮かぶ。
初対面の、しかも素性も良く分からない相手に対して、こんなに親身になれるなんて。
なんて優しい子達なんだろうと内心感動しながら、は必死に三人を慰めた。
と、その時。



「おい、お前ら。そんなところで何してやがる」



ザッと、達の周りに影が出来る。
突如目の前に現れたのは、五人の男達だった。
各々が背中や腰元に刀を挿していて、ボサボサの髪を無造作に束ねていた。
明らかに堅気の者とは思えないその風貌に、はピクリと眉を顰める。
この集団が所謂盗賊だということは、実物を見たことのない彼女にもすぐに理解できた。

中心に居る男は何やら見定めするような目つきで四人を見下ろし、ふとに視線を向けると、にぃっといやらしく口の端をあげてみせた。



「ほぉ、姉ちゃん。ずいぶん珍しいもの着てるじゃねぇか」



威圧感のある低音でそう言うと、他の男達も同じように笑みを浮かべた。
目の前の男がに手を伸ばした瞬間、すぐさま乱太郎、きり丸、しんべヱの三人は、彼女を庇うように立ちあがった。



「おい!さんに触るな!!」
「あぁ?何だお前ら」
「忍術学園、一年は組の忍たまだい!!」
「忍たまぁ?ハッ!ガキが俺達に勝てると思ってるのか?」
「お前達なんかに負けるもんか!!」
「っ駄目!!」



わーっと威勢良く男達に向かって飛び出した乱太郎、きり丸、しんべヱだったが、振り被った手をいとも容易く掴まれてしまう。
片手で軽々持ち上げた男達は、容赦なく三人を地面へと叩きつけた。



「「「うがぁっ!!」」」
「乱太郎君!きり丸君!しんべヱ君!!」
「おっと、姉ちゃん。ガキ共の心配してる場合じゃねぇぞぉ?」



倒れこんで動けずにいる彼らの元へ駆け寄ろうとしただったが、すぐに別の男に腕を掴まれてしまう。
キッと睨みつけても相手は怯むことなく、むしろそんな表情のを楽しんでいるようだった。
男達のこの笑い。これから自分が何をされるかなんて、考えなくても簡単に想像がつく。
言いようのない嫌悪感が、の胸に生まれた。



さん!」
「くそっ!この野郎!!さんを放せぇ!!」
「ガキは黙ってろ!!」
「グハッ!!」
「「きり丸!!」」



叫んだきり丸を、傍にいた別の男が思いきり蹴り上げる。
その瞬間、の中で何かが弾ける音がした。



「……放しなさい」
「はぁ?」



何か言ったかと言うように、男がを見る。
は俯き気味だった顔をあげると、怒りに満ちた表情で男を見上げた。



「その汚い手を、今すぐ放せって言ってんのよ!!」



突如大声をあげたに、男達も乱太郎達も固まる。
その一瞬の隙を見逃さなかったは素早く男の手から抜け出し、きり丸を抑えている男に思いきり体当たりした。



「グェェッ!!」



油断していた男は見事に吹き飛び、脇の木の幹に勢い良くぶつかる。
体を強打し動けずにいる男を余所に、はすぐさま目を丸くして彼女を見上げているきり丸を抱き起こした。



「きり丸君、大丈夫!?」
「……っ……」



声は出さないがとりあえず頷いたきり丸にほっとしたは、傍の乱太郎としんべヱにも手を貸し二人を起こすと、彼らを自分の後ろに隠した。
三人は戸惑いを隠せない様子でを見つめている。



「あなた達、怪我はない?」
「は、はい」



『大丈夫です』と答える乱太郎には小さく微笑むと、鋭い視線を男達に向ける。



「畜生、このアマ……もう許さねぇぞ……っ」



仲間がやられたことに怒った男達は揃って刀を抜くと、ジリジリの前へと歩み寄る。
は突き飛ばした男から落ちた真剣を手にとり、乱太郎達三人を背にして鞘をつけたままの状態で構えた。
剣を抜かないのは、例え相手が盗賊であったとしても、人を斬ることに抵抗があったからだ。
竹刀にはないずっしりとしたその重みに若干鼓動が早くなるのを感じながら、それをもみ消すように柄の部分をグッと強く握りしめる。



「「「さん!!」」」
「私が引きつけているうちに、三人は遠くに逃げて」
「でも……っ!!」
「野郎共!やっちまえ!!」



低い声でそう言った瞬間、一斉に男達がに向かって襲い掛かってきた。
は四方八方から来る攻撃を受け止めながら、するりするりと交わしていく。



「ちっチョロチョロとぉっ!!」



目の前の男は憎々しげに舌打ちをすると、思いきり刀を振り下ろす。
ガキンッと鈍い音がして、男の一人と鍔迫り合いが始まった。
手ごたえが案外温いことに、しめた!と思ったは、一気に腕を振り被って相手の剣を払った。
そして流れるような動作で、男の額に一本決める。
『ウッ!』と小さなうめき声をあげた男は、力なくその場に倒れ込んだ。



「すげぇ……」
「なんか、戸部先生みたいだね……」
さん、つよーい」
「早く行きなさい!!」
「「「!!うわぁぁぁぁっっ!!」」」



鮮やかなの太刀捌きに思わず見とれていた三人だったが、彼女の怒声にはっと我に返り、弾かれたように駈け出した。
遠くなっていく足音を背中に感じながら、残りの男達と向き合う。



(あと、三人)



厳しい父に日々扱かれて育ったは、これでも剣の道では結構名の知れた有段者だ。
油断さえしなければ、負けることはまずないだろう。

すぅっと深呼吸をして、全意識を集中させる。
一瞬の隙もなくして、相手に攻め入るチャンスを与えない。
男達はと言うと、の華奢な体からは想像できないほどの腕前に、酷く動揺しているようだった。
柄をもつ手が、微妙に震えていることがわかる。



「っ……うわぁぁっ!!」



半ばやけくそ気味に向かってきた男の攻撃を避けて、が素早く後ろに回り込む。
慌てて男が振り返った瞬間、思いきりその頭上に打ち込んだ。



「うぐっ!!」



白目を向いて、男はフラフラと倒れていく。
男達は、あと二人になった。



(あと二人……うん、大丈夫。勝てる)



ぎゅっと柄を握り直したは、険しい表情で男達を睨みつけた。
一気に行くか。それとも、念の為一人ずつ確実に行くか。
ここでの敗北は、すなわち死を意味する。
それがわかっているだけに、一瞬のミスも許されない。

ジリジリと相手との距離を測る。
と次の瞬間、突然背中にドォンと強い衝撃が走った。



「っ!?」
「てめぇ……随分となめた真似してくれるじゃねぇか……」



倒れ込んだ拍子にの手から離れてしまった刀を拾い上げたのは、先程彼女が突き飛ばした男だった。
すぐさま立ち上がっただったが、右足首に鈍い痛みを感じて表情を歪める。
どうやら今ので足を捻ってしまったらしい。
よりにもよってこんな時に、と奥歯を噛みしめるに、刀の鞘を抜いた男は容赦なく腕を振り下ろした。



「喰らえぇ!!」
「――――!あぁっ!!」



持ち前の反射神経で素早く身を交わしたつもりだったが、負傷した足の所為で上手く避けきれず、左腕をザックリと切られてしまう。
深くはないが、決して浅くもないその傷からは多量の血が溢れだし、抑えたの手を真っ赤に染めた。



(どうしよう…っこの腕じゃぁ運よくまた刀を手に出来たとしても、さっきみたいには戦えない……っ!!)



激しい痛みが体中を駆け抜け、感覚が麻痺してくる。
切れ始めた息が荒くなるのに比例して、徐々に体の力が抜けていった。
なんとか踏ん張ろうと頑張ってみても、足が言うことを聞いてくれない。



「っ……は、……はぁ……っ!」



とうとう立っていることさえ出来なくなってしまったは、ガクンとその場に膝をついた。
ぼやけ始めた視界の中で、男達がこちらに近づいてくるのが見える。



「いやーなかなかの上玉だってぇのに惜しいよな」
「しょうがねぇよ。散々はむかわれた上に、仲間2人もやらえちまえばよぉ」
「そういうことだ」



目の前の男は嘲笑うような笑みを浮かべていたが、すぐに真顔になって、すっとの首元に刃先を突きつける。
そして天に向かって腕を大きく振り被り、に向かって一直線に下ろした。



「あばよ、姉ちゃん!!」
「―――――っ!!」



もはやこれまでと、まもなく襲ってくるだろう衝撃に、ギュッと瞼を閉じる。
しかし次の瞬間の体に与えられたのは、あたたかな人の温もりだった。



「大丈夫ですか!?」



真上で聞こえた声に、閉じていた瞳を開ける。
視界には盗賊ではなく、若い男性が自分の顔を覗き込んでいるのが見えた。



(……誰?)



ぼんやりした頭でその男性を見つめていると、不意に遠くの方から声がする。



「「「さぁぁんっ!!!!」」」



バタバタと大急ぎでこちらに向かってくるその声の主が、乱太郎、きり丸、しんべヱだと認識したと同時に、は意識を手放した。



                                                                                                                                                                                                 04...