「に、忍者?」
「うん、違うの?」
「ち、違うよ。私は、ただのOL」
「オーエル?」
「そう、OL」
「オーエルってなぁに?」
「え……知らないの?」



『うん』と首を縦に振る少年に、は思わず途方に暮れた。
周りには田園と、からぶき屋根。
そして目の前には、OLという単語を知らないらしい『忍者』の格好をしているこの少年。

本当に、ここは一体どこなんだ。






Chapter 02






「それじゃぁさんは、ここら辺の人じゃないの?」
「うんまぁ、簡単に言えばそうなるかな?」



しんべヱの手を引きながら、は彼が走ってきたと言う道を歩いていた。
こんなどこだか見当もつかないこの場所で、一人いつまでも悩んでいても埒が明かない。
誰かにここについての詳しい話を聞くのが一番だと考えたは、友達の元へ戻ると言うしんべヱに、自分も着いて行っても良いかと申し出た。
友達と言うのは大方、一緒に『学園長のお使い』とやらを頼まれた仲間だろう。
『学園長』と言うことは、多分、それなりに歳を重ねた大人のはずだ。
その人と話が出来れば、何かわかるかもしれない。
確実な保証はないけれど、少しは期待していい気がする。



「僕の家はね、堺で貿易商やってるの。だからいろんな国の人と会えるんだよ」
「へぇ、そうなんだ。じゃぁしんべヱ君はそこの跡取りなの?」
「うん!忍術学園でいっぱい勉強して、一人前の忍者になって、パパのお手伝いするの!」
「ニンジュツ、学園……しんべヱ君がいるところは、ニンジュツ学園って言うんだね」
「うん、そうだよ。パパがね、僕はのんびりしすぎてるから、もっと機敏さを身につけた方がいいって」
「はぁ、なるほど。それで……」



しんべヱの話に相槌を打ちながら、ニンジュツ学園について考えてみる。
ニンジュツがもし忍術だとするならば、しんべヱがしているこの格好にも納得がいく。



さんは?」
「私?」
「どうしてオーエルになったの?」
「え、えぇーとねぇ……」



くいっと首を傾げながらそう言うしんべヱに、『何でだったっけなぁ』と苦笑いをひとつ。
道中、しんべヱはにいろんな質問をしてきた。
どこから来たのか、変わった着物を着ているがそれは何と言うものなのか、どうしてあの場にいたのか。
次から次へと投げられる問いかけに、は戸惑いつつも、ひとつひとつ出来るだけわかりやすく答えた。
と言っても自身わからないことだらけである為、結構曖昧な返答しか出来ないのだが、しんべヱは興味深々と言った表情で、熱心に彼女の話を聞いていた。
キラキラと輝いた瞳でこちらを見上げてくるしんべヱに、はつくづく、彼に会えて良かったと思う。
きっとあのまま一人だったら、底知れぬ不安と孤独で泣き出していたかもしれない。
小さな掌から伝わる温もりをギュッと握りしめながら、共に行動することを快く承諾してくれたしんべヱに感謝した。



(でも、忍術学園って一体何なんだろう……)



詳しくはわからないけれど、その名の通り忍術の勉強をするところなんだろう。
そしてしんべヱはそこの生徒。
きっと彼は忍者のような格好をしている、ではなく、本当に忍者なのだ。
否、なろうとしている、と言った方が正しいのかもしれない。
でも第一に、どうして忍者がいるのか。
そして、どうしてその忍者を育てるための学校があるのか。
そしてそもそも、どうしてそういうものがいなくてはならないのか。

グルグルと幾度となくループする疑問。
考えても考えても、明確な答えが導き出されない。
と、その時。



「「しんべヱー!!」」
「あっ乱太郎ーきり丸ー!!」



突然響いた声に、すぐさま視線を前方に向けたしんべヱは、ブンブンと大きく手を振った。
こちらに向かって走ってくるのは、しんべヱと同じくらいの少年二人。
しんべヱはの手を放し、彼らに駆け寄る。
三人共顔いっぱいに笑みを浮かべながら、数時間ぶりの再会を喜び合っているようだった。



「しんべヱ、無事?どっか怪我したりとかしてない?」
「うん、大丈夫!2人は?」
「俺たちも何とか。しんべヱ、ちゃんと野犬捲けたのか?」
「うん!あのね、僕野犬から逃げるために木に登ったの。でも、そこから降りられなくなっちゃって……」
「えっそうだったの?」
「じゃぁお前、どうやって降りたんだ?」
「あのね!さんが助けてくれたの!」
「「、さん?」」



しんべヱに向けられていた2人の視線が、に注がれる。
いきなり話題が自分に移ったことに一瞬動揺しただったが、すぐに笑顔を作りしんべヱの隣へと歩み寄った。
二人の少年は初対面のを観察するように、じっとこちらを見つめている。



「初めまして。 です」
「ど、どうも初めまして。私は猪名寺 乱太郎です」
「……きり丸、です。どうも」



の自己紹介に慌てて頭をさげた乱太郎を見て、横のきり丸も小さく会釈をする。
戸惑いながらも、ちゃんとこちらを見て挨拶してくれる二人。
偉い子達だなぁと感心しながら、は彼らに視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。



「乱太郎君に、きり丸君。よろしくね」
「「――――っ」」



それぞれの顔を見、ニコリと友好的な笑顔を浮かべるに、二人は一瞬息を詰まらせ、それから口々に『よろしくお願いします』と言った。
心なしか色付いたように見えるその顔を不思議に思いながらも、は彼らに質問をする。



「あなた達もしんべヱ君と同じ学園の生徒さん?」
「は、はい、そうです。僕達、忍術学園の一年生です」
「一年生、なんだ?えっと、ちなみに皆の歳はいくつ?」
「十才です」
「十才?」
「はい」
「……十才で一年生ってことは、十才にならないとその学園には入学できないの?」
「え、はい、そうだと思いますけど……」
「何でそんなこと聞くんすか?」
「あ、ううん。私のいたところとだいぶ違うなって思って……」
さんも忍術の学校に?」
「私は普通の小学校だよ」
「「ショウガッコウ?」」
「えっ!?もしかして、小学校知らない?」



コクコクと素直に頷く乱太郎ときり丸。
まさかと思いしんべヱを見るが、彼も何それと言わんばかりの表情を浮かべていた。



(小学校を知らないって……この子達、一体……)



予想外の返答にどうしたのかと訊ねかけたその瞬間、ふと視界の端に捉えたもの。



「…………え」


は目を大きく見開いた。
乱太郎ときり丸の左腰にぶら下がっていたのは、少し小ぶりな黒い鞘。
その中に入っているものなんて、十中八九決まっている。



「ね、ねぇ?二人がその腰にさしているのって、もしかして……」
「あ、これは忍刀です。出かける前に、学園から持ってきたんです」
「遠くのお使いは何があるかわからないからって、先生から持つように言われてるんす」



恐る恐る問いかけたとは対照的に、乱太郎ときり丸は非常にあっけらかんとした様子で答える。
隣からも『あー僕、持ってくるの忘れてたー』と、これまた緊張感の欠片もないしんべヱの声が聞こえてきた。



「ち、ちょっとそれ……見せてもらってもいいかな?」
「はい、いいですよ」



慣れた手つきで腰の下緒を解いた乱太郎は、『どうぞ』と忍刀をの前に差し出した。
それを受け取ったは、一度大きく深呼吸をして、それからゆっくりと柄を抜いていく。
やがて、鐔の先に現れた鋭く光る刃の存在を確認すると、思わずゴクリと息を飲んだ。



「ほ、本物……」
「?そうっすよ?偽物持っててもしょうがないじゃないっすか」
「こら、きりちゃん」



何を当たり前のことをと言う口調のきり丸を、乱太郎が肘で突く。
しかしそんな二人のやりとりも気に出来ないほど、は動揺していた。


の実家は、古くから続く剣術の道場だ。
先祖代々家の主は誰もが酷く厳格な人ばかりで、の父も例にもれず大変厳しい人だった。
その父から幼少時代から実家を出るまでの間、はずっと剣の道を叩きこまれて育った。
そんな武士道を強く重んじる家の蔵には、立派な刀があった。
父の話によれば、遥か昔有名な刀匠の手によって作られたものだという。
子供の頃、はこっそり蔵に忍び込んで、名刀と言われるその真剣を手に取とったことがある。
それは描いていた想像とまるで違っていて、言葉では言い表せない深く濃い重みを含んでいた。

だからこそ、わかるのだ。
今手にしているこれが、映画やドラマなどで使われるレプリカではなく、本物の刀だということに。



「ど、どうして?どうして、君達がこんなの持ってるの?君達は、いったい何なの?」



やっとの思いで吐き出した言葉は微かに震えていた。
もう何が何だかさっぱりわからない。
何でこんな子供がこんなものを持っているんだろう。
どう考えたって普通じゃない。
否、もしかしたら、この世界ではこれが普通のなのだろうか。
だとしたら自分は、とんでもないところへ来てしまったことになる。

三人は互いの顔を見合わせると、やがての問いかけに答えた。



「私達は、忍たまです」
「にんたま?」
「忍者の卵、略して忍たま」
「僕達、忍たま一年生ー!」



彼らが忍者なのは、とりあえずわかった。
でもが聞きたいのは、その先のこと。



「ど、どうして、平成のこの時代に忍者がいるの?」
「「「ヘイセイ?」」」
「へ、平成よね?今の年号」



『ねっ?』と切羽詰まった表情のに、三人は訝しげな表情を浮かべる。
そして彼らを代表するように、乱太郎がおずおずと口を開いた。



「…………今の年号は、『永禄』ですけど」



我が耳を疑った。
瞬きをすることも息をすることも忘れて、ただただ乱太郎を凝視する。



「えい、ろく」
「は、はい。永禄です」



永禄。それは嘗て日本史の授業で習ったことのある年号。
が知っている平成から、五百年以上も昔の年号。
つまり、が今いるここは……。



「せんごく、じだい……?」



口に出した瞬間、全身の血の気が一気に引いていく音がした。
まさか。そんな。どうして。何で。
途切れることのない疑問の渦が、脳内でどんどん大きくなっていく。



「うっうっ……嘘でしょぉぉぉ!!?」



の大絶叫に、ビクンと体を大きく震わせた三人の忍たまは、揃って両耳を塞いだ。



                                                                                                                                                                                                 03...